校長日誌(新井校長)
令和7年度終業式における校長講話(令和8年3月24日)
改めまして、おはようございます。
私はこの1年間ずっと、外部の方に「寄居城北高校はどんな学校ですか?」と尋ねられると、こんなふうに答えてきました。「校長の私が全校生徒の前で話をするとき、挨拶の礼をして顔を上げると、体育館の生徒が皆、ちゃんと私を見ています。顔を見て話を聞いてくれます。そんな学校です」と。他にも色々な話をしますが、そのことは、中学校の先生方などには、とても印象に残ったようです。今日も、礼をして顔を上げると、皆さんの目がこちらを向いていました。素晴らしいことだと思っています。
3年生が卒業してしまうと、体育館が広く感じますね。この間の三年生を送る会で、皆さんや先生方が作った動画を見ていたのが、夢のようです。AIという鬼と闘う「鬼滅の刃」の話もありました。これから、生成AIは暮らしに欠かせないものになることでしょう。しかし、いくら便利でも、それは、あくまで道具です。使う人間が主体でなければいけないというのは、物語でなく、本当のことです。
さて、私が皆さんの前でいつも話をする、「いのちと時間ときまりを大切に」ということ。これは、40年近く前、私が教員になって初めて担任をしたときに、最初の学級通信の中で書いて呼びかけたことと同じ内容です。
たいへん申し訳ないことなのですが、私は、自分が高校生のときの校長先生の話の内容を、ほとんど覚えていません。そこで、数年前に自分が校長となって、初めて生徒の皆さんの前で貴重な時間をもらって話をするにあたり、改めて考えました。高校生の頃の自分自身のように、なかなか話を覚えてもらえないなら、毎回同じことを話そう。「またこの話だよ」、「また同じこと言ってるよ」、そう思ってくれたら、少しは心に残るかもしれないと思いました。今日の話も、結局は、いのちと時間ときまりの話につながりますが、聞いてください。
ところで、数年前の新型コロナウイルスの騒ぎでリモート授業などが話題になり始めた頃のことです。何人かのえらい人が、「高校の授業なんて、カリスマ予備校教師の動画でも見せておけばいいんじゃない?」と言っていました。今でも、「これからの時代は、生成AIや動画配信が学校の先生に置き換わる」という話を耳にすることがあります。
本当に、そうなのでしょうか?
PTA広報誌の「城北」にも書きましたが、生徒の皆さんに対して行ったアンケート調査の結果を見て、とても嬉しかったことがあります。それは、「悩みを先生に相談しているか」という質問に「はい」と答えた人の割合が、1年生が5割以上、2年生が6割以上、3年生が7割以上と、はっきり上昇していたことです。寄居城北高校の先生方は、生徒のことを大切に考えている、受け止めてくれると、生徒の皆さんから認められているような気がして、嬉しかったのです。
皆さん。「それぞれ違った個性を持つひとりひとりが、同じところで一緒に何かに取り組んで、成長する」、それが学校という場所です。
本校の先生方の多くは、この1年あるいは2年の間、ここにいる違った個性、違った魂を持つ皆さんひとりひとりのいのちを尊重して向き合い、学校という同じ場所で生き、共に成長する者として関係を築いてきたと、私は信じています。違った個性を持つ者同士が、互いに傷つけ合わないようにするための、きまりというものもありますが、皆さんの長所も短所も受け止め、その努力に寄り添いながら、貴重な時間を重ねてきたと、私は信じています。そして、そこには個人と個人の信頼や絆があると、私は信じています。それは、世間の最大公約数としての生成AIの答えや、カメラの向こうで喋(しゃべ)るえらい先生の録画などと、簡単に取り替えられるものではない。そう、私は信じています。
だから私は言いたい。あえて汚い言葉で言えば、「舐めるな」と。「私たちが生徒の皆さんひとりひとりと過ごしてきた時間の積み重ねを、馬鹿にするな」、「取り替えのきかない関係を築いてきた時間の尊さを、貶(おとし)めるな」と。
さあ、あと2週間で皆さんの後輩たちが入学してきます。今年度は埼玉県で公立高校を希望する中学3年生の割合が、史上最低、6割以下でした。今回の入試で、多くの高校の倍率がひどい下がり方をする中、本校の倍率は、昨年に比べ16ポイントも上昇しました。これは、生徒の皆さんが先生方と一緒に頑張ったり、楽しそうに過ごしたりしている様子を見たり聞いたりした中学生が、あんな先輩のようになりたいと思ってくれた結果だと思います。
皆さん、憧れの先輩になる準備は、できていますか。新入生に、ここに入学して良かった、皆さんのような人たちに会えてよかった、と思ってもらえるような先輩になってください。
明日から、長い春休みが始まります。本を読みましょう。何か良いことで誰かのお手伝いをしましょう。挨拶をしましょう。
どうか、4月8日の始業式に元気な顔で参加してください。終わります。
第16回卒業証書授与式 校長式辞(令和8年3月11日)
式辞
昨日の朝の雨で、空気も、心も、洗われたようです。駅からの道沿いには、千利休も愛したという菜の花が咲いています。この佳き日、多くの来賓の方々をお迎えし、保護者の皆様にも御臨席いただき、埼玉県立寄居城北高等学校第十六回卒業証書授与式を挙行できますことは、校長として大きな慶びでございます。
本日、本校を巣立つ百七十九名の卒業生の皆さん、おめでとうございます。そして、本校の教育活動に多くの御支援と御理解・御協力をお寄せくださった保護者の皆様、卒業生を支えてくださった多くの皆様に、御礼とともに、心からのお祝いを申し上げます。
学校は、多様な個性を持ったひとりひとりが、同じ場所で一緒に何かに取り組むことを通じて成長するところです。
卒業生の皆さんは、総合学科独自の学びのシステムを活かして、多様な個性を伸ばし、学校行事などに一緒に取り組んで、それぞれの役割を果たし、人間関係を深め、大きく成長しました。希望進路の実現においても、新しい取り組みに挑戦して大きな成果を収め、後輩の手本となりました。誠実、貢献、創造という本校の校訓どおりに、誠実に学校生活に取り組み、助け合いながら周囲に貢献し、あなた方だけの思い出を創り上げました。胸を張ってください。
さて、私はいつも生徒の皆さんに、「いのちと、時間と、きまりの三つを大切にしましょう」と言い続けてきました。
また、皆さんは、教室に学年目標を掲げて、毎日それを見ながら三年間を過ごしてきました。「先手必勝の挨拶」、「行事の勝利」、「物事の判断能力を身につけ己に克つ」、そして、三つの目標のあとに添えてある、「三年間自分自身と勝負をし、成長という名の勝利を!」という言葉。剣道の達人を主任とする学年が掲げた目標らしい、勢いのあるこの言葉を見るたび、私は嬉しい気持ちになっていました。
目標のあとに添えてある「三年間自分自身と勝負をし、成長という名の勝利を!」という言葉は、私がよく言っている「成長とは、命を大切にして、自分をより良く伸ばすことだ」という話にも通じます。そして、三年間自分自身と勝負するということは、限られた高校生活という貴重な時間を大切にすることにもつながります。
目標の三つ目にある「判断能力を身につけ己に克つ」というのは、これも私がよく言う「ルールやマナーやエチケットなどの向こう側にある、それがきまりごとになった理由について、よく考えてから行動しましょう」という呼びかけにも重なります。私が大切にしたいことが学年の目標と通じ合っていて、それを、私がこの学校に着任する前から皆さんが大切にしてくれていた。それが嬉しかったのです。
目標の二つ目の「行事の勝利」という言葉どおり、学校行事のたびに皆さんは、自分のクラスだけ、自分の学年だけ、ではなく、学校全体を盛り上げる方向で、楽しみながら取り組んでいました。体育祭では、準備体操の掛け声から、さまざまな競技の応援に至るまで、どの学年よりも大きな声でした。ヤジで相手をけなすようなこともせず、頑張る選手に明るい励ましの言葉をかけていました。城北祭のときの体育館の発表では、他の学年や部活動、有志などの出し物や動画にも、大きな拍手と声援をしっかり送っていました。その素晴らしい態度に、私は感動しました。
そして、最初に掲げられている「先手必勝の挨拶」です。
私は教員になってからずっと、生徒の皆さんが将来まわりの人と良い人間関係をつくる練習になればいいと思って、意識して自分から挨拶の言葉を声に出してきました。
三十年ほど前のことです。私は表千家のお茶を習っているのですが、三百年も家元を支え続けている堀内家の、十三代堀内宗完宗匠とお話しする機会がありました。そのときに、「新井さん、生徒より先に挨拶したら一勝、生徒から先に挨拶されたら一敗、と数えるようにしたら良いですよ」と教えていただきました。とても嬉しかったです。皆さんの学年目標を見たとき、その思い出がよみがえり、さらに嬉しくなりました。
そして、皆さんに先に挨拶されるたび、「あ、また負けてしまったか」と思い、負けるたびに嬉しくなり、心が温かくなり、幸せな気持ちになりました。皆さんは、何という素敵な敗北を私に味わわせてくれたことでしょうか。
皆さんにこの話をするのは、誰かの力で自分を幸せにしてもらって味わう喜びよりも、自分の力で誰かを幸せにすることができたときに味わう喜びの方が深い、と私が思っているからです。小さなこと、と思う人もいるかもしれませんが、皆さんは、私を幸せにしてくれました。皆さんは、周りの人を幸せにする力も、自分自身を幸せにする力も、お互いを幸せにする力も、みんな持っているのです。
今、国際社会で大きな声を出している、自分たちファーストや、自分だけファーストという考え方に染まるよりも、お互いに幸せになれる方法を探して、その力を身につける方が、喜びが深いと私は信じています。どうか皆さんも、誰かと一緒に幸せになってください。皆さんは、学年の先生方と協力して、学年目標を現実のものにしたのです。だから、次は、自分の人生の目標を現実のものにしてください。
それでは、巣立ちの日にあたり、いつも私が卒業生に贈る言葉を申し上げます。
皆さんは、私たち先生よりも、保護者の皆様よりも、賢く、心豊かで、幸せにならなければいけません。それは、私たちや保護者の皆様にとっての願い、希望であり、あなた方にとっての権利であり、皆さん自身が、皆さんの子どもたちの世代に対して背負う義務なのですから。
整いませんが、この言葉を、皆さんへの餞といたします。
結びに、卒業する皆さんの今後の御活躍と、ここに御臨席のすべての皆様、卒業生を支えてくださったすべての方々の御健勝と御多幸をお祈り申し上げて、式辞といたします。
令和八年三月十一日
埼玉県立寄居城北高等学校長 新井 康之
壮行会における激励の言葉(令和8年1月8日)
(第32回関東地区高等学校写真展に出品する写真部の生徒の壮行会にて)
素晴らしい成果、おめでとうございます。
さて、昨年に続いて今年も、写真部の皆さんの壮行会を開くことができました。以前にも紹介しましたが、職員玄関近くに飾っていただいている写真部の素敵な作品を、楽しみに拝見しています。今年は展示作品も増えて、足をとめて見入っているお客様の姿も多くなりました。城北祭や、寄居町の産業文化祭のときにも、皆さんの作品が人の心を動かすところを見ることができて、校長として、嬉しく、また、誇らしく思っています。
昨年も同じ話をしましたが、美しいものや、かっこいいもの、人が努力する姿など、さまざまな素晴らしいものに触れたとき、人の心は動きます。
橋本治という作家は、人間の芸術への感性は、きれいだなあ、素敵だなあと思って、ぽかあんとした経験を重ねることで磨かれていくのだ、と言っています。
でも、今回の作品が磨かれた理由は、それだけではないでしょう。1学期に、剣道部の皆さんの壮行会のときにも話しましたが、普段の部活動の中で部員みんなが努力したり、工夫したりして、より良いものを目指す雰囲気が当たり前のものになっていると、部員のみんなが伸びていきます。その中で育てられ磨かれた経験を含めての、あなたの努力が、賞をいただく結果につながったのだと思います。だから、これは、ある意味あなたの受賞でもあり、頑張る空気、工夫する姿勢を作ってくれた部員の皆さんや、指導してくださった先生も含めた全員の受賞でもあるのだと、私は考えています。どうか、関東大会でも多くの人の心を動かして、楽しい時間を味わってきてください。
皆さんの活躍を願う、教職員を含めた寄居城北高校に関係するすべての仲間を代表して、激励の言葉といたします。
3学期始業式における校長講話(令和8年1月8日)
おはようございます。まずは、明けましておめでとう、ですね。皆さんの元気な顔をみることができて、とても嬉しく思います。令和8年の新年を言祝(ことほ)ぎ、挨拶を兼ねて、お話をします。
冬休みに入る前の終業式では、「本を読みましょう」、「何か良いことで、誰かのお手伝いをしましょう」、「自分を褒めてあげられるようなことを見つけて、1年を締めくくりましょう」と呼びかけました。皆さん、どうでしたか。素敵な新年を迎えられたでしょうか。
今日も、始業式の後に写真部の壮行会があります。また、1月5日の読売新聞には、昨年の卒業生の学年主任だった、転出された先生の記事と写真が載っていました。身近な誰かの活躍は、周りの仲間にとっても、嬉しい、素晴らしいことです。
さて、いつも私は「いのちと、時間と、きまりを大切にしましょう」と話しています。しかし、残念なことに、冬休みの間のニュースに限っても、ある国の国家元首は、自分の利益のために麻薬を売りさばいたと言われています。別のある国の国家元首は、自分の国の正義だと言って、自分の国の軍隊に国際法を無視した行いをさせています。皆、都合のいい理屈をつけて、自分が正しいと言います。皆さんは、まるで、「自分たちの利益になるなら、いのちやきまりを無視していい」とする大人たちから、悪い見本を見せられているかのようです。
それでも、私は皆さんに願うのです。どうか、皆さんが生きる、生きていく、皆さんがつくる、つくっていく未来の世の中が、いのちと、時間と、みんなで考えたきまりごとを大切にするものであってほしいと祈っています。
でも、こんな大統領もいました。昨年亡くなった、ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領です。畑のある小さな家に住み、妻と犬と暮らし、収入は、大半を寄付してしまう。質素な服を着て、「世界一貧しい大統領」と呼ばれていました。けれども、本人は不満でした。「私は貧しいわけではない。質素が好きなだけだ。」「貧乏な人とは、いくら物があっても満足しない人のことだ。」というのです。京都の竜安寺の手水鉢、蹲踞(つくばい)に刻んである「吾唯知足(われ、ただ足るを知る)」という言葉と、同じ考え方ですね。
また、谷川俊太郎という詩人がいます。亡くなって1年ちょっと経ちます。最近の百年間では間違いなく日本一の詩人だったと言っていいでしょう。犬のスヌーピーが出てくる漫画「ピーナッツ」や、小学校低学年の国語の教科書にも載っている「スイミー」という絵本の翻訳をした人、と言うと、わかりやすいかもしれません。この人の作品に、やはり小学校の国語の教科書にも載った『生きる』という題名の詩があります。5つの連すべてが「生きているということ/いま生きているということ」という言葉で始まる39行の長い詩の第3連の後半には、「すべての美しいものに出会うということ/そして/かくされた悪を注意深くこばむこと」という表現があります。
私は先ほど、都合のいい理屈をこねて良くないことをする政治家を例に挙げましたが、人々のために一所懸命に働いている政治家もたくさんいます。逆に、正しそうに見える活動にかくれて、若い人をだまして自分の思い通りに動かそうとする人もいます。どうか、皆さん。かくされた悪を注意深くこばんで、いのちと、いま生きているということを大切にして、生きてください。
とはいっても、難しく考える必要はありません。とんち話でよく知られる一休さんは、室町時代に実在したお坊さんですが、年をとってから「ありがたい教えを書いてくれ」と頼まれたとき、『諸悪莫作、衆善奉行(しょあくまくさ、しゅぜんぶぎょう)』、「悪いことをしないで、良いことをしましょう」と書きました。「そんなことは、3歳の子どもだって知っていますよ。」と文句を言われると、「だが、実行するのは80歳の老人になっても難しい。」と答えたそうです。
そして、宮沢賢治の小説『銀河鉄道の夜』には、「誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸(さいわい)なんだねえ。」というカムパネルラの言葉が出てきます。
皆さんにとって、今年が、「美しいものに出会い、良いことをして、幸せになる」そんな素敵な年になるよう、願っています。
2学期終業式における校長講話(令和7年12月24日)
皆さん、おはようございます。
この終業式の後、写真部、社会福祉・介護検定、俳句などのさまざまな分野に加えて、球技大会の各学年1位についても、それぞれ表彰があります。
そして、今日の表彰だけでなく、少し前、玉淀橋の上から飛び降りようとしていた人を救けたということで、1人の生徒が昨日、寄居警察から人命救助の感謝状を受けています。
また、表彰はされていませんが、今学期、本校の生徒の中には、桜沢駅の階段のところで転んでしまった中学生の散乱した荷物を一緒に拾ってあげた人や、学校の前の県道で車道に出て歩いてしまっていた目の不自由な方に声をかけ、ガードレールの中に誘導してさしあげた人がいた、という話を聞いています。私は校長として、また、皆さんを知る一人の大人として、とても嬉しく、誇らしく思っています。
12月が終わろうとしています。禅宗のお坊さんの言葉に「看(み)よ看(み)よ臘月(ろうげつ)尽(つ)く」…見なさい見なさい。お釈迦様が悟りを開いたという12月が終わってしまうよ。おまえは何をしているんだい、という、励ましの言葉があります。この一年何をしてきたかなあ、何ができたかなあと、私も思わず反省してしまいます。
今日のお話は、一週間後にお正月を控えたクリスマスイブという楽しい時期のものとしては、あまりふさわしくない私事(わたくしごと)になりますが、どうかお許しください。
今月、大学時代の男声合唱団で一緒に歌っていた2年下の後輩が、緩和ケア病棟に入院したと聞いて、お見舞に行ってきました。緩和ケアとは、治すための治療よりも、主に末期のがんなどによる痛みや苦痛を和らげ、患者さん本人と家族とが穏やかに過ごせるようにサポートしていただくような、そんなケアのことです。
彼は、気配り上手で、親切で、明るく元気な人柄が皆に好かれていて、そこにいるだけで皆が楽しい気持ちになるような人だったので、学生時代からずっと人気者でした。お見舞のときにも、病室に来た看護師さんに「調子はどうですか?」と聞かれた彼は、かすれた声で、それでも、いたずらっ子のような笑顔で、「はい。お調子者です。」と答えていました。こんなときにまで私たちを笑わせて喜ばせようとしていました。私たちから「馬鹿野郎、おまえ、いつも看護師さんに迷惑かけてんじゃねえだろうな。」と言われた彼は、いい笑顔で「みなさん、本当に優しいんですよ。」と言っていました。
さて、教員としてまだ若手だったころの私は、授業の技術を磨くことに一所懸命でした。そのころは「どんなに人柄が良いお医者さんでも、患者さんを治すための知識や技術がなければ、存在価値がない。教員も、生徒を成長させることができなければ、たとえ、いくらいい人であったとしても、駄目だ」と考えて、自分に足りないものを磨くのに、必死でした。
しかし、国語の教員としての知識で言葉を飾り立てても、ちょっとした挨拶の言葉や、たった一言の「良かったね、おめでとう」とか「ありがとう」という言葉の方が大きく人の心を動かすのを経験したり、先ほど紹介した皆さんのような、また、表彰される人をいつも拍手で讃えてくれている皆さんのような、優しい心が表れた行いを見たりしているうちに、そんな頑(かたく)ななものの考え方は、ほどけてしまいました。
そして、教頭として知的障がいをもつお子さんのための特別支援学校に勤めたときです。その学校の校長先生は、病弱なお子さんのための特別支援学校で長く働いた御経験のある方でした。その方から聞いた話です。
多くのお子さんが、成人式を待たずに亡くなっていく。小学校の卒業式も経験せずに亡くなっていくお子さんもいる。そんなクラスの担任をするときに、「これは、将来役に立つよ」とか、「しっかり勉強しないと、大人になって苦労するよ」などという言葉は、意味がなくなる。その中で、自分の教員としての存在意義は何なのか、と悩んだ末の結論は、「自分は先生として、この子たちに、小学4年生なら4年生としての一日を、しっかり体験させてあげるんだ。勉強も宿題もある、なかよしもけんかもある普通の一日を、ちゃんと普通の一日として過ごさせてあげるんだ」ということだったそうです。
私は、初めてクラス担任をしたときから、「いのちと時間ときまりを大切にしましょう」と言い続けてきましたが、その話を聞いたときに、本当の意味での大切さがわかったような気がしました。
治す技術だけが大切なら、治らない病気と向き合う人をケアする医療の意味はどこにあるのか。将来に向けて成長させることだけが大切なら、今日を精一杯生きる子どもに、先生は何をすればよいのか。
先ほど、話の最初に紹介したような、ささやかな親切を自然に行動できる人たちは、あのころの私よりも、ずっと、きちんと「いのちと時間ときまりの大切さ」がわかっているのだろうと思います。この寄居城北高校には、そんな、本当に大事なことをちゃんとわかっている人が、たくさんいる。とても素敵なことだと私は思っています。
皆さん。令和7年と令和8年とをまたぐ、いのちをつなぐ冬休みです。休みの間に、本を読みましょう。何か良いことで、だれかのお手伝いをしましょう。どんな小さなことでもいいです。皆さんが、何かしら自分を誉めてあげられるような、そんなことを見つけて、この1年を締めくくれるよう、祈っています。
3学期の始業式に、皆さんの元気な顔を見るのを楽しみにしています。どうぞ、良いお年を。
第2回避難訓練校長講話(令和7年12月23日)
皆さん、おはようございます。
本日は、お忙しい中、花園消防署寄居分署からたくさんの消防士の皆様にいらしていただきました。どうもありがとうございます。後ほど、お話を伺います。また、消火器による訓練も御指導いただきます。
さて、いつもの3分の1程度の時間で2つのことを話します。聞いてください。
1つ目。いのちと時間ときまりを大切にしてほしい、という話です。
避難訓練は、災害が起きたときに、皆さんの大切な「いのち」を守る力を身につけてもらうために行います。先生がいつも近くにいて、指示を出すとは限りません。考えて行動できるよう、何が大切か、あらかじめ学んでおきましょう。また、今日の皆さんは、避難を促す放送から点呼終了までに約5分50秒かかりました。いのちを守る大切な時間です。この数字の意味を、よく考えてください。
そして、きまりです。皆さんのいのちを失わせないための、避難のルールを、思い出してください。また、特に、生存確認となる点呼につながる、普段の出席確認を怠らないでください。連絡せずに遅刻、欠席、早退をして、生存確認ができないまま大事故にならないよう、普段から気を付けてください。
二つ目の話です。
練習もせずに急に何かをやって上手くできる人は、普通いません。上手くいくようにするために、3つのR、アルファベットのRから始まる言葉を意識してください。
まず、リラックス(Relax → Relaxationリラクゼイション)。適度な緊張は必要ですが、固まって動けなくならないようにしましょう。次に、リハーサル(Rehearsal)。リラックスするためにも、本番を想定した訓練をします。そして、レスト(Rest)。休息のことです。頭と体と心が疲れていては、適切な判断ができません。
それでは、以上の話を応用し、消防署の方からの話をよく聞いて、自分で考えて行動することの助けとしてください。終わります。
第18回マラソン大会 閉会式における講評(令和7年11月27日)
改めまして、こんにちは。明るい小春日和のもと、今日スタートした人たちは皆、無事にゴールしました。とても嬉しいです。皆さん、頑張りましたね!
朝のグラウンドへの集合も、今の体育館での整列も、素早い動きで立派でした。特に3年生は、体操での声出しも元気良く大きな声で素晴らしかったです。また、スタートを待つ間の皆さんの和やかな雰囲気や、自分がゴールした後に走っている友達を応援している姿は、私を幸せな気持ちにしてくれました。
私は、昨年この場所で「学校は、皆さんが成長するための場所です。社会に出ると結果を求められることが多くなりますが、学校くらいは、頑張った人に『頑張ったね!』と言える、成長した人に『成長したね』と言える、努力が認められる場所であってほしいと思っています。」という話をしました。今日のマラソン大会を通じて皆さんはしっかり成長したと、私は思います。
さて、皆さんの中には、この大会に向けて頑張ってきた人がいるかと思います。準備する間は長く感じても、いざスタートしてしまうと、びっくりするほどあっさり終わってしまったのではないでしょうか。このことからもわかるように、一瞬のためには長い準備が必要です。しかし、これからの長い人生、ひょっとしたら本番当日のことよりも、準備の方が思い出に残るかもしれません。少なくとも私はそうです。
また、皆さんの中には、走ることが苦手で、今日の大会について「私にはできないかも」と思っていた人もいたのではないかと思います。しかし、今日は参加者全員が最後まで頑張れました。皆さんが長い人生のどこかで「私にはできないかも」と思うことは、たくさんあるでしょう。けれども、やってみると、今日のようにあっさり終わってしまうことも多いのではないかと思います。「できないかも」と思ったときには、今朝の開会式で皆さんにお話しした「走る勇気」を、ちょっぴり思い出してください。
逆に、「私が一人で頑張らなくちゃ」と思い込んでしまって、つぶれそうになったときには「やめる勇気」を思い出して、誰か周りの信頼できる人に「助けて!」と言えるようになってください。
スタート前のエネルギーに満ちた半袖短パン姿の皆さんは、素敵でした。そして、頑張った手ごたえを感じているように見える顔で、きちんと後片付けを済ませて、ちゃんと制服を整えてここに並んでいる凛々しい皆さんは、もっと素敵です。成長を感じます。私の話は以上です。整いませんが、今日の皆さんの成長の舞台を準備してくださった先生方や、助けてくださったPTA役員の皆様に心からの感謝を捧げつつ、校長からの講評といたします。
第18回マラソン大会 開会式における校長挨拶(令和7年11月27日)
改めまして、皆さん、おはようございます。天候にも恵まれて、令和7年度 第18回校内マラソン大会が始まります。授業などを通じて体調を整え鍛えてきた皆さんの成果を発揮するときです。
今日の準備のためにグラウンドを整えるにあたって、サッカー部、野球部、ハンドボール部、陸上競技部など、たくさんの生徒の皆さんがお手伝いをしてくれました。熱心かつ丁寧に、キビキビ動いていたと聞いています。また、今日は見学する生徒の皆さんも、運営を手伝ってくれます。本校の学校行事は、こうして生徒の皆さんの手で支えられています。ありがとう。
そして、道路使用にあたって多方面への調整をし、今日も早朝から安全点検や準備をしてくださっている、保健体育科をはじめとする諸先生方。また、お忙しい中で皆さんのために運営を助けていただくPTA役員の皆様。こうした多くの方々の力と、生徒の皆さんに良い高校生活の思い出を作ってほしいという愛情が、皆さんの安心と安全を支えてくれています。おかげをもちまして、恵まれた環境で行事を実施することができます。ありがとうございます。
さて、昨年も同じようなことを申し上げましたが、今日のために頑張ってきた生徒の皆さんに、3つ、お願いがあります。いつもの「いのちと時間ときまりを大切にしましょう」ではなく、それに付け加えての3つです。
1つ目。一般の方々の生活道路を通るコースです。使わせていただく感謝の気持ちをもって、お互いの安全に注意しながら走ってください。
2つ目と3つ目は、「走る勇気」と「止まる勇気」の両方を持ってください、ということです。自分の限界に挑戦して、昨日までの自分を乗り越えるために自分の心と戦う勇気。それが「走る勇気」です。そして、自分の体調をしっかり把握し、「体の具合がおかしい、危険だ」と思ったら、どんなに心残りでも止まって、恥ずかしがらずに、いのちを守るために、周りの人に助けを求めること。それが「止まる勇気」です。
町の人々の暮らしの中で走ることができる、「感謝と、安全への注意」。そして、「走る勇気」と、「止まる勇気」。この3つを確認して、開会の挨拶といたします。
第17回城北祭(文化祭)閉会集会における講評(令和7年11月5日)
皆さん、数年ぶりの一般公開となった第17回城北祭、お疲れさまでした。今のところ、大きな事故の報告は受けていません。事故なく怪我なく病気なく祭を盛り上げてくれた、委員長をはじめとする実行委員会の皆さん、生徒会長をはじめとする本部役員の皆さん、それぞれの参加団体の一員として頑張ったひとりひとりの生徒の皆さん、御指導いただいた先生方、また、ここにはいらっしゃいませんが、御協力いただいたPTA・後援会の皆様、笑顔で御来校いただいたお客様、そのほか、関係の方々すべてに御礼を申し上げます。
先ほど、テーマ賞、ポスター賞、オープニング賞、城北大賞などの表彰がありました。表彰された皆さん、おめでとうございます。また、惜しくも賞は取れなかったけれども、仲間同士で頑張って催しものを作り上げた皆さん、そのひとりひとりをたたえたいと思います。
私は、ある団体が売っていたお菓子を家でいただきましたが、それに添えてあった手書きのメッセージを見て、妻が「いい子たちだね!」と感動していたので、家で少し自慢をしました。
さて、そして改めて、今日の後片付けをきちんと行った皆さんを、たたえたいと思います。昨年も同じことを話しましたが、頑張って準備したものを片付ける。その、ちょっと寂しい気持ちを経験することこそが、祭の余韻を味わうことなのです。その経験は、皆さん自身の成長につながるものです。準備して盛り上げ、片付けてけじめをつけることが、秒で青春した皆さんの成長の糧になります。
何度も話していることですが、学校という場所は、「さまざまな違った個性を持つひとりひとりが、ひとつの場所に集まって、一緒に何かに取り組むことで、成長する場所」です。この城北祭で、ちゃんと準備して、ちゃんと楽しんで、ちゃんと片づけて、ちゃんと服装を整えてここにいる皆さんは、ちゃんと成長しましたね。おめでとう。
そして、皆さんが「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にして、笑顔で取り組んでいる姿、成長している姿を見て、お客様も、私たち教職員も、そして皆さん自身も、寄居城北高校と、ここにいるひとりひとりのことが、もっと好きになったと思います。その皆さんの成長をことほぎ、その成長にかかわってくださった皆様すべてに感謝して、講評といたします。
第17回城北祭(文化祭)オープニングにおける校長挨拶(令和7年10月31日)
皆さん、おはようございます。第17回城北祭が始まります。実行委員会や生徒会の皆さん、また、それぞれの催しに向けて頑張ってきた皆さん、おめでとうございます。そして、御指導くださった先生方、ありがとうございます。このステージも、素敵な絵が飾られ、非日常の空間になってきました。いよいよ、秒で青春する時間の始まりですね。
私はいつも「『いのち』と『時間』と『きまり』を大切に」と言いますが、城北祭のような学校行事は、皆さんのいのちが成長して輝く瞬間をたくさん見られるチャンスです。そして、行事を運営する皆さんにとっても、明日の一般公開に来校するお客様にとっても、ひとときひとときが大切な思い出の時間になります。その楽しい思い出を、お互いに気持ち良く作れるよう、ルールやマナーなどを守って良い「祭」にしましょう。
学校は、さまざまな違った個性を持つ一人ひとりが、ひとつの場所に集まって、一緒に何かに取り組むことで、成長する場所です。
この2日間をとおして、生徒の皆さんも、来校されるお客様も、私たち教職員も、皆がもっと寄居城北高校のことを好きになるような城北祭を作り上げましょう。楽しんでください!