校長日誌(新井校長)
第17回城北祭(文化祭)パンフレットにおける校長挨拶(令和7年10月31日)
秒で青春するために
「秒で青春した。」をテーマとする第17回城北祭は、一般公開となりました。生徒の皆さんの、特に、中心になって準備してきた実行委員や生徒会の皆さんの努力と思いとが、来校されるお客様方にも伝わるような、そんな良い一日になることを祈っています。
日常を過ごす学校を「祭」という非日常の場に変える文化祭は、高校生活でも最大級の行事です。その「いつもと違う特別な日」を最も楽しめるのは、日常の延長線上にある「祭の準備」をした人です。心のエネルギーは、物理の法則を無視して、使えば使うほど増え、注げば注ぐほど湧いてきます。努力した人ほど秒で青春して楽しめる、頑張った人ほど深い思い出がもらえるのが「祭」です。
この城北祭が生徒の皆さんひとりひとりの良き成長につながる「祭」になるよう願いつつ、来校される皆様、御協力いただくPTA・後援会の皆様、そして教職員を含む関係の方々すべてに御礼を申し上げて、挨拶といたします。
2学期始業式における校長講話(令和7年9月1日)
皆さん、おはようございます。
相変わらず酷い暑さが続いています。リモートによる集会のため、直接皆さんの顔を見ることはできませんが、先ほど、何人かに爽やかな挨拶をしてもらいました。ありがたいことに、今のところ生徒の皆さんについて大きな事故の報告などは受けていません。こうして、大切ないのちをより良い形で伸ばし続けている皆さんと2学期を迎えることができて、私はたいへん嬉しく思っています。この夏休みの間に皆さんはどんな成長をしましたか。それも私にとって、とても楽しみにしていることの一つです。
7月の終業式にも話題にしましたが、こうして、「当たり前の日々」が始まるというのは、実は、とても尊いことです。私も45年前は高校生でしたが、今思い出しても懐かしいのは、特別なことよりも、むしろ日常の、本当に何でもない当たり前のことが多いようです。どうか、皆さん。高校生としての、何気ない当たり前の時間を大切にしてください。
また、終業式に私は、夏休みの間に一冊でも本を読んでくださいということ、何か良いことをして「ありがとう」という言葉をもらえるようなお手伝いをしましょうということの、2つのお願いをしました。実行できましたか。心にとめて実行してくれた人、ありがとう。そして、中学生向けの部活動体験や学校説明会のとき、とても立派にお手伝いをして、この願いの一つをかなえてくれた生徒の皆さん、ありがとう。皆さんの頑張る姿はとても素敵でした。付け加えておきますが、普段の生活の中で元気に挨拶をして相手を明るい気持ちにしている人は、それだけで立派なお手伝いをしてくれているようなものです。ありがとう。
さて、私事ですが、先日、三重県で真珠の養殖に関する博物館を見学する機会がありました。あこや貝の体に傷をつけ、貝殻のかけらを埋め込んで、3年以上の月日をかけてできあがる真珠の輝きを見ながら、高校3年間の生活の中で、たとえ傷ついても、そこから自分の中に何かのかけらを取り込んで、輝きに変えて成長していく皆さんのことを思い出しました。
夏休み中も多くの部活動が活発に活動していました。また、学習面で頑張っていた人も、進路に向けての対策や面接の練習などに熱心に取り組んでいた人も多く見かけました。そうした皆さんの努力は、皆さん自身を成長させます。長い夏休みは終わりましたが、その皆さんの成長が、これから始まる2学期の学習や生活、たくさんの学校行事などに活かされることを願うとともに、皆さんの、それぞれの希望がかなうことにもつながるよう、祈っています。どうか2学期も「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にして過ごしてください。
1学期終業式における校長講話(令和7年7月18日)
皆さん、おはようございます。
1学期の終業式にあたり、当たり前ということについての話、いのちと時間ときまりの話、夏休みに向けての皆さんへのお願い、この3つについて話します。
先ほど、たくさんの生徒の皆さんが表彰されました。表彰された皆さんの多くが、日々、自分を向上させる努力、磨く努力を続けてきたことと思います。普段、当たり前のこととして続けている努力が、当たり前でない特別なことにつながるのだ、ということを示してくれたと、私は思っています。校長として、とても嬉しいのは、いろいろなことに熱心に取り組んでいる人の努力が誰にでもわかる形で成果となったことです。良かったね、報われたね、そう思えて嬉しいのです。
皆さんの当たり前の日常も、実は、けっして当たり前のことではありません。6月の半ばに、あるお客様が来校しました。拠点校参与という役職の方です。退職したベテランの校長経験者が県立学校を回って、学校の様子を見たり校長の相談相手をしたりします。この方が、私といっしょに校内を回って、生徒の皆さんの授業の様子や、休み時間の様子、いい笑顔で私たちに挨拶してくれる様子を見て、「何十校も回っているけれど、寄居城北高校の生徒の雰囲気の良さはトップクラスだね!」と、褒めてくださいました。皆さんのあたりまえの日常は、よその人から見れば、けっして普通のレベルではないのです。それを自覚して、胸を張ってほしいと思います。
さて、少し別の例を話しましょう。
皆さん、世の中に出ると、努力の結果が認められる機会は、案外少ないことに気付きます。たとえば、わかりやすいところで言えば、私たちは、バスや電車が予定の時刻から遅れたり、事故があったりした時は気にしますが、普段は、トラブルがないのが当たり前だと感じていて、あまり気にしません。しかし、何事もなくお客さんを運ぶという当たり前のことの裏側には、たくさんの人が関わっています。大変な技術と心配りと苦労の積み重ねがあります。私たちは、日常の当たり前を支えてくれる誰かの努力に対して、わざわざ感謝の気持ちを表すことは、あまりありません。しかし、皆さんには、これからの長い休みの中で、ひとつでもいいから、当たり前のことがものすごいことの実現につながっていることや、当たり前のことが実はすごいことであるということや、当たり前のように自分を支えてくれる周りの人の行いが実はとても尊いものであることなどに、気づく機会を持ってほしいと思います。
次の話は、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてほしい、ということです。前に話したことと同じ内容になりますが、改めて聞いてください。
皆さんが成長するということは、皆さんの大切な「いのち」が、より良く伸びることです。だから、人の成長を邪魔する「いじめ」や「からかい」は、絶対にしてはいけない。
素晴らしい結果を出している人を見て、「あんなふうになりたいなあ、自分も頑張ろう」と高みを目指す人が美しく見えるのは、いのちをより良く伸ばそうとしているからです。逆に、素晴らしい結果を出している人を見て、「あいつも失敗して、今のダメな自分と同じくらいのレベルに落ちればいいのに」と思うような人が醜く見えるのは、自分と他人、両方のいのちのより良い成長を、邪魔しているからです。人間は弱いから、理想どおりにはいかないかもしれませんが、3年後、5年後、10年後の自分から「あのとき、ああしてくれて、ありがとう」と言ってもらえるような行動を、自分で考えて選べるようになりたいものです。
私は、皆さんが高校生として過ごしている貴重な時間を、そんな成長のために使ってほしいと願っています。どうすればいいかわからないときは、目の前のやるべきことに集中して取り組んでみてください。それが時間を大切にする第一歩です。
また、すべてのきまりには、それが作られた理由があります。きまりを破ることは、けっして格好いいことではありません。ルールやマナーなどのきまりごとを破ると、結局は、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたり、不便になったり、損をしたりします。きまりごとの向こう側にある理由を考えてみてください。夏休みには「自由な時間」が多いのですが、それはけっして「勝手に過ごしていい時間」ではありません。考えて行動しましょう。どうか皆さん、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてください。
最後の話は、夏休みの間に、皆さんに実行してほしいことです。
44日もある長い休みです。この休みの間に、どうか、1冊でも多く本を読んでください。字ばっかりの本を読む習慣のない人は、1冊でもいいから試しに読んでください。
また、自分の家でもどこでもいいので、何かお手伝いをしましょう。お金をもらうのではなくて、良いことをして「ありがとう」という言葉を誰かにもらえるような、そんなお手伝いをしましょう。
そして、もし一人で悩んで、もやもやした気持ちのまま夏休みが終わりそうになったら、学校の先生でもいいです。皆さんに配布してある「夏季休業中の生活指導について」というプリントの裏にある、いくつかの相談先のQRコードでもいいです。相談してください。くれぐれも、皆さんを煽(あお)ったり、嘘の情報で不安がらせたりする変なSNSのサイトなどにだまされないでください。皆さんのことを大切に思っている相談相手、皆さんのことを守ろうとしている相談相手に向けて、話をしてみてください。
どうか、体に気を付けて。本を読んで、お手伝いをして、今日の終業式の日の自分よりも成長して、9月1日の始業式に、元気な顔を見せてください。それを願いつつ、校長講話といたします。
避難訓練における校長講評(令和7年7月17日)
皆さん、おはようございます。今日の話は、内容としては、避難訓練のたびに話していることです。避難訓練の目的、迅速な避難の大切さ、点呼の重要性、この3つについて話します。
まず、避難訓練は、災害のときに皆さんの一番大切な「いのち」を守る力を身につけてもらうために行うものです。
人間は誰でも、はじめてのことは思うように上手くできません。だから、はじめてのことに備えて練習します。部活動の練習も、試験勉強も、面接対策も、すべてが、その「実際の場面に向けて備える」ということでつながります。そして、もちろん、地震や火事などの大きな災害が本当に起きるときは、ほとんどの人にとって、はじめての経験となります。だから、避難訓練の意味は大きいのです。今日、皆さんが実際に動いてみて気づいた邪魔になるものや、上手くできなかったことを確認し、改善しておいてください。
次に、迅速な避難の大切さについて話します。今日は、避難を促す放送から点呼終了までに、7分10秒かかりました。昨年の7分34秒から20秒以上短縮しました。とても良いと思います。
実際の避難の際は、1秒の遅れが命取りになるかもしれません。逆に、慌てて階段などで人を押してしまって、かえって多くの死傷者を出してしまうかもしれません。今日の皆さんの行動のバランスは、なかなか良かったようです。
最後は、点呼についての話です。
大切な皆さんのいのちです。一人の命も落としてはいけない状況で、点呼はたいへん重要なものになります。誰がいるのかいないのか。黙って早退しているのに、「学校に来ているはずの生徒がいない」と心配して探しに戻って被害に遭う人がいたらどうでしょう。また、遅れて登校してきたのに連絡がなく、その生徒が逃げ遅れているのに誰も気がつかないとしたらどうでしょう。
先生方が丁寧に皆さんの出欠確認をするのは、こうした恐ろしい事故を防ぐためという大切な理由もあるのです。どうか、欠席遅刻の連絡や、遅れて登校したときの報告を、普段から大切にしてください。
私がいつも話す、「いのちと時間ときまりを大切にしましょう」という言葉の背景には、いろいろなことがあります。どうか、いのちと時間ときまりを大切にしてください。
今日は暑いので、話の長さはいつもの半分以下にしました。終わります。
第17回体育祭閉会式における校長講評(令和7年5月29日)
皆さん、お疲れさまでした。
自分で満足のいく結果を得た人も、そうでない人もいると思いますが、本部席から見ると、皆さん一人一人すべてが、立派な体育祭を作り上げてくれていたと思います。
また、皆さんの多くが、競技での活躍はもちろん、それぞれの係の仕事などでしっかりと役割を果たしてくれている姿をたくさん見せてくれました。私は本当に嬉しく思いました。
そして、特に、さすが最上級生。3年生の応援や取り組みの姿勢はとても素晴らしかったと思います。体育祭の雰囲気を盛り上げてくれる、中心的な役割を果たしてくれました。
私たち教職員は、生徒の皆さんに高校生としての良き思い出を少しでも多く作ってほしいと願っています。また、皆さんの母校となる寄居城北高校を、皆さんがもっと好きになってほしい、大切に思ってもらえるようになってほしいと願っています。しかし、こうしてみると、今日、私たちは、生徒の皆さんのおかげで良き思い出をつくらせてもらいました。また、皆さんのおかげで、昨日よりも、今朝よりも、寄居城北高校のことを、自分にとっての好きな場所、大事な場所にしてもらったような気がします。
素晴らしい体育祭だったと思います。お疲れ様でした。
第17回体育祭開会式における校長挨拶(令和7年5月29日)
皆さん、おはようございます。このところ天候不順が続いていましたが、今日は体育祭にふさわしい天気に恵まれました。
昨年、初めて皆さんの体育祭の様子を見ることができて、幸せな気持ちになったことを思い出します。頑張る友達のことを良い笑顔と大きな声で応援しているのを見て、皆さんの「いのち」が、とても素敵な形で伸びていっているのを感じました。皆さんは、頑張る仲間のいのちの躍動を認め、称賛することで、自分のいのちも沸き立たせ、周りの人までも幸せな気持ちにする力を持っています。それは、皆さんが高校生として過ごせる限りある貴重な時間を大切にし、有意義に使っているという「あかし」でもあります。
さて、こうした行事のスムーズな進行に協力することの基本は、時間を守ることです。さらに、今日一日、トラブル無く気持ちよく過ごすためには、体育祭のルール、マナー、エチケットなどの、きまりを守ることも大切です。今日も「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にして過ごしてください。
今日を迎えるにあたっては、準備段階からずっと、体育祭実行委員や体育委員をはじめ、いろいろな部活動や係の生 徒の皆さんに助けてもらっています。そして、特活部や保健体育科の先生方はもちろん、多くの先生方から、生徒の皆さんが事故なく今日の体育祭を楽しめるよう、御指導をいただきました。そのほかにも、受付をしていただいているPTA役員の皆様など、本当に多くの方々からの御尽力をいただいて今日を迎えられたことに、校長として心から感謝いたします。ありがとうございました。
さあ、何度も同じことを言っていますが、こうしたお祭りは、頑張った人ほど、楽しむことができるものです。どうか、ひとりひとりが精一杯自分の役割を果たしながら、思いっきり楽しんでください。私も、この目で皆さんの活躍やチームワークとフェアプレーのあらわれを見ることができるのを、楽しみにしています。
素敵な一日になるよう祈りつつ、開会の挨拶といたします。
剣道部(男子団体)関東大会出場に向けての壮行会における激励の言葉(令和7年5月27日)
剣道部の皆さん、おめでとうございます。そして、この壇上にはいないけれども、一緒に頑張ってきてくれた部員の皆さんも、おめでとうございます。
人口の少ない北部地区で、特待生や推薦入学などで集められたわけではないあなた方が、先生の指導に応えて、自分自身を成長させ、県の代表として関東大会に臨みます。これは、誰に対しても胸を張って誇れる快挙です。ものすごいことです。大人の私たちにとっても、頭の下がることであります。
放課後のときなどに何かの用事で校内を歩いていると、グラウンドの片隅にいても、皆さんの気迫の込もった声が聞こえてきます。そのたびに、剣道場にある「気、漲(みなぎ)る」という字のとおりだなあと思っています。
こうして言葉でお祝いするのは簡単ですが、皆さんがこれを現実のものとするには、大変な努力の継続、困難の克服があったと思います。ただ努力すればできるというレベルのものではありません。力のある人が、チームが、切磋琢磨して、それでも、なかなか届かない。そんな学校がたくさんあります。その中で皆さんは、選手として出場しなかった人も含めた部員全員で、「頑張るのが当たり前」という雰囲気をつくり、稽古を重ねて、この快挙を成し遂げました。これは、剣道部の皆さん全員で手にした、部全体での成果です。目に見えるものと見えないものの力をすべて味方につけるだけの積み重ねがあったと、拝察いたします。
同じ学校の仲間が大きな何かを成し遂げるということは、周りの友達にとっても、自分の可能性に希望を持つきっかけとなる、素晴らしいことです。校長としても感謝いたします。
どうか、関東大会では、思う存分のびのびと、自分の良さを出してきてください。貴重な機会に向けて、皆さんが持てる力を十分に発揮されることを祈りつつ、あなた方を支えてくれたすべての人と物事に対して、私からも感謝を申し上げますとともに、寄居城北高校と、その関係者すべてに代わり、代表としてお祝いを申し上げて、激励の言葉といたします。
令和7年度 生徒会主催対面式における校長挨拶(令和7年4月10日)
改めまして、皆さん、おはようございます。
先ほどの新入生入場の際、1年前のことを考えていました。去年の対面式のとき、一所懸命に拍手をしている上級生の姿を見て「こういう、頑張っても頑張らなくても損得に関係のない場面でどう振る舞うか、というところに、人柄って出るんだなあ」と、しみじみ感じさせられたのを思い出しました。そして、この年度末には、卒業式の最後に今の3年生が、こうして拍手に送られて退場していくんだなあと思ったら、先生という職業を選んだ人間の、本能のような部分を刺激されて、少し込み上げてくるものを感じてしまいました。
偶然の出会い、邂逅というものを大切にしてほしいと、始業式で2・3年生の皆さんには言いましたが、皆さんは今、偶然に同じ学校に入学し、偶然に同じクラスになり、ここに一緒にいます。言ってみれば、人と人との出会いは100%、ほぼすべてが偶然です。その出会いを「必然だったんだ」とか「運命的なものだったんだ」と思えるようになるかどうかは、皆さん一人一人の心と言葉と行いのありよう、そして、その働きによるものです。
1年生の皆さん。入学して、学校行事や部活動の見学などを通じて、先輩たちが行事を運営したり部活動をリードしたりしているのを見て、「すごいなあ」と思っている人も多いかと思います。逆に、活躍している先輩方の中には、「自分たちが1年生のとき、あんなに立派で頼もしく見えていた先輩たちも、今の自分のように、心の中で不安を感じながらも頑張って自分たちをリードしてくれていたのかなあ」と思っている人もいるでしょう。
寄居城北高校は、18年前に2つの高校が合併統合して生まれました。前身となる学校と合わせると、80年近い歴史があります。本校だけに限ってみても、こうした先輩と後輩のいとなみが80年近く続いてきたというのは、考えてみると、すごいことです。1年生の皆さんは、今、そのいとなみの大きな流れにつながったわけです。そういうことを考えてもらうと、今日の対面式が、より有意義なものになるのではないかと思います。
私事で恐縮ですが、先日、30年ほど前に担任したクラスの生徒たちが同窓会に呼んでくれました。もう45歳、皆さんの親御さんの世代になるでしょうか。私は、その子どもたちが…、もう子どもではないのですが、その子たちが仲良く楽しそうに話している姿を見て、とても幸せな気持ちになりました。友達付き合いが今も続いていて、家庭の悩みや子育ての悩みを折に触れて話していると聞き、さらに幸せな気持ちになりました。部活動の先輩後輩のつながりが今も続いている、という子もいて、それを聞いて本当に嬉しくなりました。
友達同士で良い横のつながりができたり、部活動の先輩後輩と良いつながりができたりすることは、皆さんにとって幸せなことだと思いますが、それだけではなくて、それは皆さんの家族にとっても、私も含めた周りの人にとっても、幸せを感じさせることになるのです。
この対面式が、そんな幸せなつながりを作るきっかけとして役に立つものとなりますよう祈りつつ、挨拶といたします。
令和7年度入学式における校長式辞(令和7年4月8日)
式辞
春風に揺れる花が鳥の歌に合わせ舞を舞っているかのように見える、心躍る季節となりました。桜沢という美しい地名のとおりの風景です。今日の佳き日、多くの御来賓をお迎えし、保護者の皆様にも御臨席いただき、埼玉県立寄居城北高等学校令和7年度入学式を挙行できますことは、校長として大きな慶びでございます。ここにお集まりの皆様と、この入学式の開催に御尽力いただいたすべての方々に、心からの感謝を申し上げます。
さて、先ほど呼名された167名に入学を許可いたしました。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。高等学校は義務教育ではありません。皆さんの多くは、人生で初めて自分の進路に関わる選択と決断を経験し入学しました。それぞれの不安や迷いを乗り越えここに座っています。どうぞ胸を張ってください。これからは本校の生徒として一緒に学んでいきます。私たちは皆さんを歓迎します。皆さんのこれからの努力を応援します。
そして、入学生の皆さんを育て支えてこられた保護者の皆様、改めまして、おめでとうございます。この場にはいない、今までこの新入生たちを見守り、助け、応援してくださった多くの方々にも、心よりお祝いを申し上げます。
本校は、地域の皆様の期待に応えつつ多くの人材を社会に送り出してきました。卒業生はあらゆる分野で活躍し世の中を支えています。新入生の皆さんも、そのような地域の大きな支えや世の中のつながりの中で生きています。皆さん、ここで三年間の高校生活を過ごす者として、学校での学びと、高校生としての体験と、地域の人々とともにある生活を、自分の成長に活かしていってください。
さて、私はいつも生徒の皆さんに「いのちと、時間と、きまりを大切にしてください」と話していますが、今日は、「誠実、貢献、創造」という、本校の校訓についてお話をいたします。校訓とは、生徒の皆さんにこんな人になってほしい、こんなことを大切にしてほしい、ということを短い言葉で表したものです。
一つ目は「誠実」です。
辞書には、「心がこもっていて、嘘いつわりがないこと」と説明があります。似たような言葉に「真摯」とか「実直」などがありますが、「真摯に行う」というと真面目で一所懸命に取り組むことを表し、「実直な人柄」というと真面目で表裏のないことを言います。それに対して、「誠実」は「心がこもっている」ことが特徴ですから、「誠実な人」とは、真面目で心から相手のことを考えて行動できる人をいうのでしょう。
めでたい入学式の席で恐縮ですが、世の中には、嬉しいことや楽しいこと、明るいことがたくさんあるのと同じように、悲しいことやつらいこと、暗いこともたくさんあります。ときに人間は、悲しくて、つらくて、真っ暗な中に一人ぼっちでいるような気持になって、どうしようもなくなってしまうことがあります。
しかし、そんな時に誰かが、そのつらい気持ちでいる人のことを心から考えて、その誠実さを言葉や態度や行いで示してくれたら、どうでしょうか。真っ暗な気持ちの中に閉じこもっている人にとって、誠実な思いやりを示してくれたその人は、光そのものです。植物が光を浴びて成長するように、その人は、もう一度立ち上がって伸びていくことができます。人間は、誠実さを持とうとすることで、誰かの光になることができるのです。
誠実という校訓には、皆さんに、世界のどんな隅っこでもいい、小さくてもいい、誰かを光で照らしてあげられるような思いやりのある人になってほしいという願いが込められている、と私は考えています。
校訓の二つ目は「貢献」です。
今日は「ある物事や社会のために役立つよう力を尽くすこと」という辞書的な意味よりも、もっと皆さんの人生に関わることを話します。
私は、自立するということは、自分のできないことを誰かに助けてもらう代わりに、誰かのために何かができるようになることだと考えています。人間は集団で社会をつくってきました。すべてを一人でこなして生きていくことは誰にもできません。困ったときに適切な形で誰かに助けを求めることのできる力を身につける。同時に、何かを通じて困っている人を助けてあげられる力を身につけ貢献する。それが本当の自立だと私は考えます。
新入生の皆さん。不思議なことに人は、誰かに何かしてもらっているだけでは、どんな贅沢をしても良いものを手に入れても満足しないそうです。他人に喜ばせてもらっているだけでは心の底からの喜びを手に入れることはできないのだそうです。では、人は、どんなときに幸せな気持ちになれるのでしょうか。
実は、人間は自分の存在が意味のあるものだと感じたときに本当に満足し、幸せな気持ちになるのだそうです。自分の力で誰かに喜んでもらえたとき、誰かが幸せになるお手伝いができたとき、誰かを助けたり、何か良いことの役に立つことができたりしたとき、心の底から満足感を感じ、生きていてよかったと思うのだそうです。
だから、校訓にある「貢献」は、誰かのために何かしろと呼びかけているのではなくて、皆さんに、人や社会の役に立って本当の満足を味わう幸せな人生を送ってほしい、誰かを助けたり誰かに助けられたりしながら、立派な社会人として生きていけるようになってほしい、という願いを込めてある言葉なのだと私は解釈しています。
校訓の最後は、「創造」です。
もちろん、新しいものを初めて創り出すことを表します。今までになかった物事を作り出す、オリジナリティのあるアイデアを出す、ということなのですが、まさか、皆さん全員に発明家になれとか会社を起こせ、と言っているわけではないでしょう。
確かに、将来、今までなかったような個性的な活躍を皆さんにしてほしいという願いも込められているでしょう。しかし、だからといって、無理して個性的であろうとしたり、やたら人と違う変わったことをしようとしたり、良いお手本が近くにあるのに、ゼロからすべて自分で生み出さなければいけないと悩んだりする必要は、ありません。
ためしに、何かをすべてお手本どおりにやってみようとしてください。絶対に、100%同じにはできません。同じようにできない理由は、ひょっとしたら、あなたが未熟なためかもしれません。しかし、その同じでない部分には、確実に、あなたの個性が隠れています。
個性は、わざと目立たせようとしても育ちません。努力して成長していくうちに、いつの間にか伸びているものです。あるいは、お手本どおりにやっているうちに、自分はどうしても別のことがやってみたいと、湧き上がってくるものなのです。なぜなら、個性は誰もが持っているものなのですから。
ちなみに、大した努力もせずに手に入った個性だと思えるものの多くは、ただの悪い癖です。直すべきものであることがほとんどです。自分には個性がないと悩む人は、まず、お手本どおりにできる力を身につける努力をしてみてください。お手本どおりにできたかな、と自分で思えるようになった頃に、誰かが「あなたは、とても個性的で魅力的なものを持っていますね」と言ってくれるでしょう。どうぞ、誰もが持っている創造的な個性が、自分の中から形になって出てくるよう、自分を磨いてください。
さて、保護者の皆様。大きくなったお子様を御覧になって「もう、何でも子どもにまかせていいかな」と思う方も多いと思います。しかし、高校生は、まだ実社会を良く知りません。むしろ、世の中を知っている保護者の皆様からのアドバイスは、さらに貴重なものとなります。
また、総合学科という柔軟な教育システムは、大きな自由がある反面、その選択の責任を自分で負わなければならないシステムでもあります。卒業に向けしっかり自己管理できることが必要になります。
保護者の皆様におかれましては、本校の教育について御理解と御協力をいただき、学校と連携して、お子様の健やかな成長と卒業後の希望進路実現のために御支援を賜りたく存じます。我々教職員も全力で生徒の皆さんの努力を支援いたします。
最後に、入学生の皆さん。どうか、保護者の皆様をはじめ、皆さんが高校で学ぶことができるように道を拓いてくれた方々に感謝してください。そして、今度は皆さんが、どんな小さなことでもいいですから、誰かのために道を拓いてあげられるような力を、この寄居城北高校で身につけて卒業してください。
結びに、新入生の皆さんが実りある高校生活を送り大きく成長することと、御臨席いただいたすべての皆様の御健勝と御多幸とをお祈り申し上げて、式辞といたします。
令和七年四月八日
埼玉県立寄居城北高等学校長 新井 康之
1学期始業式における校長講話(令和7年4月8日)
皆さん、おはようございます。
令和7年度が始まりました。世界的に学年の変わり目は夏休み明けが多く、4月を年度の始まりとするのは日本独特の習慣です。しかし、日本人がとりわけ愛している桜の季節が節目となるのは、結果的に美しい偶然となりました。
皆さんも、さまざまな偶然によって、今、周りにいる人と同じクラスになったのでしょう。偶然の良き出会いを「邂逅」といいますが、この年度のはじめの出会い、邂逅を、大事に育てていってほしいと思います。
出会いに必要なものといえば、挨拶です。挨拶は、人の心に近づき心を開くきっかけとなるものです。昨年度の自分よりも良い挨拶ができましたか。自分に問いかけてみてください。
私はいつも皆さんに「いのちと、時間と、きまりを大切にしてほしい」という話をしていますが、挨拶は、「生きているあなたがそこにいるのを、私は尊重します」という意思表示でもあります。これも、いのちを大切にする行いの一つです。
日本は、太平洋戦争とも呼ばれた第二次世界大戦の終結後、80年にわたって戦争の当事国にはならず、深刻ないのちの危険に直接さらされないまま、平和な生活が日常となっています。しかし、私の友人の娘さんはウクライナの方と結婚し、今もキーウに住んでいます。「グローバル社会」といわれる現代、遠い異国の戦争も、他人事ではありません。皆さんが、今も、これからも、自分のいのちや他人のいのちを尊重して生きていくために、ささやかでもいいですから、色々なことを考えて日々を過ごしてほしいと思います。
さて、新2年生の皆さん。入学して1年が経ちました。今日の午後には入学式があります。新入生に対して、良き先輩として胸を張れる準備はできましたか。素敵な先輩らしくなれましたか。成長する努力が足りないまま先輩ぶる、というのは逆にみっともないですから、素直に謙虚に今の自分を見つめて、成長しようと努力する姿を後輩に見せてあげましょう。
そして、新3年生の皆さん。立派な先輩になりましたね。これからは世の中に出ていく準備です。高校生活は残り1年ではありません。2月のほとんどは自宅研修、3月の登校日は3日間、今日は4月8日。そう考えると、皆さんに残された高校生としての時間は、10ヶ月を切りました。今の自分と残された時間とをしっかり見つめて、歩く道筋を考えてください。
今は、高校生としてのきまりを大切にしながら過ごしてもらっていますが、社会人になると、世の中のルール、マナー、エチケットなどのきまりごとについては、学校と違って「まだ子どもなんだから」という教育的配慮がありません。きまりや仕組みに振り回されないよう、しっかり知って、学んで、生きて行けるようにしてください。
2・3年生の皆さんのほとんどは、16歳か17歳です。今までの人生に対する割合でこの1年を私と比べて考えてみると、16分の1と62分の1ですから、私の1年は、皆さんの4倍近い速さで過ぎていったわけです。皆さんも、これから時間が過ぎるのをどんどん早く感じるようになります。高校生でいられる時間を大切にしてください。
ところで、以前、皆さんに「学校は、わからなかったことがわかるようになるところ、できなかったことができるようになるところ、今までつながっていなかった人や知識や物事がつながるようになるところ」だという話をしました。そして、「だから、今はわからないことがあってもいい、できないことがあってもいい。わかろうとする努力、できるようになろうとする努力だけは、やめてはいけない。」ということも話しました。
それでは、いつまでにわかるようにすればいいのか。いつまでにできるようにするのか。そのために何をすればよいのか。どういう計画を立てて実行すればよいのか。ぜひ、令和7年度のはじめにあたって、考えてみてください。そして、少しでもいいから行動に移してみてください。
昔、「ありのままの」という歌が流行りましたが、ありのままの自分というのは尊いものです。しかし、ありのままの自分は、決して「今のままの自分」のことではありません。人はいくつになっても、何かしら向上し成長することができるものです。来年の3月の自分、5年後の自分、10年後の自分を考えて、その実現のために、明日の自分、今日の自分、今の自分は何をするべきなのか、考えて行動してください。
このお願いを、始業式における校長講話といたします。皆さんにとって令和7年度が素敵なものになりますよう祈っています。