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校長日誌(新井校長)

第16回城北祭(文化祭)オープニングにおける校長挨拶(令和6年11月1日)

 こんな素敵な絵の前で話せるとは、嬉しいですね。生徒会長からも、いつもの私の話に触れてもらいました。ありがとうございます。

 さて、実行委員会や生徒会を中心に、それぞれ頑張ってきた生徒の皆さん、第16回城北祭のオープニング、おめでとうございます!また、御指導くださった先生方、ありがとうございます。

 皆さん。学校という場所は、さまざまな違った個性を持つ一人ひとりが、ひとつの場所に集まって、一緒に何かに取り組むことで、成長する場所です。

 今まで何度も言ってきましたが、皆さんのいのちがより良い形で成長するところに立ち会えるのは、私たち大人にとって、大きな喜びです。

 皆さんが何かに一生懸命取り組んだり、何かを頑張って成し遂げたりすると、それは心の栄養になります。心の食べ物をしっかり味わって、成長する姿を見せてください。

 そして、今日・明日の貴重な時間を大切にして、楽しんで、お互いに、文化祭の決まり、ルールやマナーやエチケットを守って、参加した人みんなで、良い思い出をつくってください。

 皆さんの取り組む姿を見ることで、皆さん自身も、お客様も、私たち教職員も、寄居城北高校のことが、もっと好きになるような、そんな城北祭にしましょう!

第16回城北祭(文化祭)パンフレット校長挨拶(令和6年10月30日)

祭に寄せて

 第16回を迎える城北祭、おめでとうございます!

 文化祭は高校生活でも最大級の行事です。ポスターや各参加団体の準備の様子を見て気持ちの高まりを感じていたのは、私だけではないでしょう。

 「待つのが祭」という言葉があります。楽しい祭も、始まるとあっという間に終わってしまう。だから、準備しながら待つ楽しさの方が、当日の楽しさよりも大きい、という意味です。実行委員や生徒会を中心に、誠実に準備や運営に協力する貢献を体験して、城北祭を創造する生徒の皆さん全員が「待つのが祭」の喜びを味わってほしいと思います。

 また、頑張った人が一番楽しめるのが祭です。テーマの「個性を活かし、Let's fly」そのままに、互いに個性を輝かせ、それを尊重し合うことで、皆さん自身の良き思い出と成長につながる催しになることを祈っています。

 整いませんが、御来校される皆様、頑張る生徒の皆さん、御協力いただくPTA・後援会の皆様、御指導いただく先生方ほか、関係の方々すべてに御礼を申し上げて、挨拶といたします。

令和6年度第2学期始業式における校長講話(令和6年9月2日)

 皆さん、おはようございます。台風10号は、まるで今の世の中のように、どこに進むのかわからない状況でしたが、こうして晴れ渡った空のもとで皆さんと2学期を迎えることができて、私は、たいへん嬉しく思っています。この夏休みの間に皆さんがどんな成長をしたのか、私は、とても楽しみにしています。

 7月の終業式で、私は皆さんに、夏休みの間に一冊でも多く本を読むこと、何か良いことをして「ありがとう」という言葉をもらえるようなお手伝いをすること、この2つをお願いしました。いかがでしたか?

 少なくとも、中学生向けの部活動体験や学校説明会のときに立派にお手伝いをしてくれた人は、この願いをかなえてくれました。ありがとう。あなたたちの頑張る姿は、とても素敵でした。

 そして、先ほど表彰もありましたが、休みの間も、多くの部活動が活発な取り組みをしていました。そのほか、学習面で頑張っていた人も、面接の練習など、進路に向けた対策に熱心に取り組んでいた人もいました。そうした皆さんの努力が、皆さん自身を成長させます。その成長が、皆さんの希望をかなえることにつながるよう、祈っています。

 また、私は同じく7月の終業式で、挨拶についての話をしました。皆さん、しばらく会っていなかった友達や先生方に、今日、声を出して挨拶ができましたか。お互いの成長している姿を認め合えるような挨拶ができていると良いですね。

 さて、私はいつも、「いのちと、時間と、きまりの3つを大切にしてください」ということを繰り返し話しています。

 今日の話の冒頭で、台風も世の中も、どこに進むのかわからない状況だと言いました。どうしていいかわからないとき、人は、ついつい、珍しい方法や特別な解決策を求めて、心があっちに行ったりこっちに行ったりしてしまいがちになります。

 しかし、皆さん。わからないとき、不安なときは、基本に立ち返りましょう。シンプルに、大切なものは何か、基本的な「できること」は何か、単純な「やるべきこと」は何か、考えましょう。

 まず、大事にしてほしいのは、皆さん一人ひとりの最も大切な「いのち」です。そして、それを守るための安心と安全です。たすけてほしいとき、「たすけて」と言える勇気を持つことです。

 次に、新しく始まる2学期をスムーズにスタートさせるため、規則正しい生活習慣を取り戻すこと。時間をしっかり守ること。今ここにあるこの時間を大切にすることです。

 そして、集団生活をスムーズに行うために、また、一人ひとりがお互いを大切にするために、基本的なルールやマナーなどのきまりごとを大切にすることです。

 長い休みは終わりましたが、これからの2学期も、いのちと時間ときまりを大切にして過ごしてほしいと願っています。それでは、今日からまた始まる学校での日々が、皆さんにとって良いものであるよう祈りつつ、校長講話といたします。

令和6年度第1学期終業式における校長講話(令和6年7月19日)

 皆さん、おはようございます。リモートでの終業式となりますが、1学期の締めくくりにあたり、今日は、挨拶についての話、いのちと時間ときまりの話、夏休みに向けて皆さんにしてほしいことの、3つの話をします。

 まず、挨拶について。挨拶は漢字で書くと難しいですが、「アイ」の字も「サツ」の字も「人に近づく」という意味があります。挨拶は人と人との間を近くするものです。挨拶は、大事です。

 ヨーロッパやアメリカでは、挨拶そのものが「私は、あなたの敵ではない。あなたを傷つけるつもりはない。」という意思表示の意味を持つメッセージだ、と言う人もいます。

 20年近く前のことです。私が進路指導の仕事をしていたとき、ある企業の方から、ざっくばらんに次のようなことを言われました。

「そりゃ、勉強ができないよりできる方が良いけど、多少成績が悪くても、仕事はちゃんと教えるから、それをきちんと覚えてくれればいい。でもね、挨拶や返事がちゃんとできないのは、まずい。挨拶ができない人は、仕事を教えても覚えてくれないし、仕事仲間も、その人を助けてくれなくなっちゃう。」

ということでした。実話です。

 また、約30年前のことです。3年生の担任をしていた私は、求人票を学校に持ってきてくれた企業の方の対応をしたとき、こんなことを言われました。

「うちの会社の求人票には、この学校から1名採用予定と書いてあるけど、2人送ってください。さっき、近くの○○高校へ行ったとき、何人も生徒とすれ違ったのに誰も挨拶しないから、進路室まで行くのをやめて帰ってきちゃったんだよ。ここの生徒は、玄関のところでも渡り廊下でも、みんな、よく声出して挨拶してくれる。私の権限で、○○高校からの採用はやめます。その分、ここから1人余計に採ります。」

ということでした。これも実話です。その方にお礼を言いながら、私は心の中で、誰だかわからない生徒たちにもお礼を言いました。挨拶は、大事です。

 さて、私は、急ぎの仕事がない朝には、わずかな時間ですが校舎の前に立って、登校する皆さんを見ています。素敵な挨拶をしてくれる人も、そうでない人もいます。人には得意・不得意がありますし、個人の性格もありますから、いきなり上手に挨拶ができない人もいるでしょう。ただ、学校は、今はまだできないことを、できるようにするための場所です。挨拶するのが苦手な人は練習すればいいんです。私で練習してもらってもかまいません。挨拶は、漢字で書くと難しいですが、声に出してみると、案外やればできるものです。

 皆さん。どうか学校生活の中で、挨拶に限らず、できたりできなかったりを繰り返しながらでいいですから、何か良いものを身につけてくれると嬉しく思います。

 2つ目の話です。4月に初めて皆さんに話をしたときから、私は「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてほしいと言い続けています。

 皆さんが成長するということは、皆さんの大切な「いのち」が、より良く伸びることです。だから、人の成長を邪魔する「いじめ」や「からかい」をしてはいけない。

 素晴らしい結果を出している人を見て、「あんなふうになりたいなあ、自分も頑張ろう」と高みを目指す人が美しく見えるのは、いのちをより良く伸ばそうとしているからです。 

 素晴らしい結果を出している人を見て、「あいつも失敗して、今のダメな自分と同じくらいのレベルに落ちればいいのに」と思うような人が醜く見えるのは、自分と他人と、両方のいのちのより良い成長を、邪魔しているからです。

 人間は弱いから、理想どおりにはいきませんが、3年後、5年後、10年後の自分から「あのとき、こちらの道を選んでくれて、ありがとう。」と言ってもらえるような行動を、自分で考えて選べるといいですね。

 私は、皆さんが高校生として過ごしている貴重な時間を、そんな成長のために使ってほしいと願っています。どうすればいいかわからないときは、目の前のやるべき課題に集中して取り組んでみてください。それが時間を大切にする第一歩だと、4月にも言いました。

 また、すべてのきまりには、それが作られた理由があります。きまりを破ることは、決して格好いいことではない。ルールやマナーなどのきまりごとを破ると、結局は、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたり、不便になったり、損をしたりします。きまりごとの、その向こう側にある理由を、考えてみてください。夏休みは「自由な時間」が多いのですが、それは「勝手に過ごしていい時間」ではありません。考えて行動しましょう。「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてください。

 最後の話は、夏休みに向けて、皆さんに実行してほしいことです。

 いつもより長い44日間の休みです。この休みの間に、どうか、一冊でも多く本を読んでください。字ばっかりの本を読む習慣のない人は、一冊でもいいから読んでください。

 そして、家でもどこでも、何かお手伝いをしましょう。お金をもらうのではなくて、良いことをして「ありがとう」という言葉を誰かにもらえるような、そんなお手伝いをしましょう。

 もし、一人で悩んで、もやもやした気持ちのまま8月が終わりそうになったら、学校の先生でもいいです。皆さんに配布した「夏季休業中の生活指導について」というプリントの裏にあるQRコードの相談先でもいいです。皆さんを煽(あお)ったり、嘘の情報で不安がらせたりする変なSNSのサイトなどにだまされないで、皆さんのことを大切に思っている相談相手、皆さんのことを守ろうとしている相談相手に、話をしてみてください。

 体に気を付けて、本を読んで、お手伝いをして、今日の終業式の日の自分よりも成長して、また、9月2日に、学校で元気な顔を見せてくれることを祈っています。

令和6年度第1学期 避難訓練 校長講話(令和6年7月18日)

 皆さん、おはようございます。今日は皆さんに、避難訓練の目的、迅速な避難の大切さ、点呼の重要性、この3つの話のほかに、思い出してもらいたいことをひとつ、付け加えて話します。

 1つ目。避難訓練は、地震や火事などの災害が起きたときに、皆さんの一番大切な「命」を守る力、これを身につけてもらうためのものです。まさかのとき、どんな動きをすればよいのか。実際に体を動かして体験しておくのは、とても重要なことです。

 歌手や演奏家や演劇に携わる人がステージでリハーサルを行うのは、本番と同じ場所で動いてみないとわからないことが山ほどあるからです。避難訓練も同じです。皆さん、実際に動いてみて、廊下や階段で邪魔になるものはなかったでしょうか。移動するときの状況や避難経路、消火器の場所などに不備はなかったでしょうか。なめてかかると命を落とすのが災害です。「備えあれば憂いなし」と言いますが、避難訓練は、まさに、その備えを身に付けてもらうことを目的としています。

 2つ目。迅速な避難の大切さについて話します。今日は、避難を促す放送から点呼終了までに、7分34秒かかりました。皆さんにとって、この数字はどういう評価になりますか?

 1秒の遅れが命取りになるかもしれません。逆に、慌てて階段などで人を押してしまって、かえって多くの死傷者を出してしまうかもしれません。そんなニュースは、今までたくさん耳にしています。今日の皆さんの行動のバランスは、どうでしたか?

 3つ目。点呼について考えてみましょう。

 一人の命も落としてはいけない状況では、点呼はたいへん重要です。誰がいるのかいないのか。学校に来ているはずの生徒がいないと心配して、探しに戻って被害に遭う人がいたら、どうでしょうか。また、遅れて登校してきたのに報告がなかったため、その生徒が逃げ遅れているのに誰も気がつかない。そんなことがあったら、どうでしょうか。

 先生方が丁寧に皆さんの出欠確認をするのは、こうした大切な理由もあるのです。どうか、欠席・遅刻の連絡、遅れて登校したときの報告を、普段から大切にしてください。

 最後に思い出してもらいたいのは、いのちと、時間と、きまりについての話です。

 今年の正月、1月2日に、羽田空港で旅客機と海上保安庁の飛行機が衝突、炎上する大事故がありました。覚えていますか? 残念ながら海上保安庁の方はお亡くなりになりましたが、旅客機の乗客・乗員には死者がなく、世界中で「奇跡だ」と大きく報道されていました。

 一番大切な「いのち」を守るため、飛行機の機体が燃え上がるまでのわずかな「時間」を大切にし、乗員の皆さんが普段の訓練で身につけた「ルール」どおりに安全を確保して、乗客の皆さんが「マナー」を守って行動しました。きまりごとを大切にした結果です。奇跡は、一人ひとりが小さなことを積み重ねたから起こりました。

 私が話す「いのちと時間ときまりを大切にしましょう」という言葉の背景には、こういうこともあります。どうか、今後も、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてください。

  今日は暑いので、話の長さはいつもの半分にしました。終わります。

第16回体育祭 閉会式における校長講評(令和6年5月30日)

 講評です。今日の体育祭、私は本当に楽しませてもらいました。

 何日も前から、昼休みに長縄跳びの練習を重ねてきた人たちもいましたね。今日、その練習が活きた、活かせたと思います。時間が来ても集中力が切れない様子も、さすがでした。

 走る競技では、高い身体能力で素晴らしいスタートダッシュをする人、美しいフォームで後から追い抜いていく人、さまざまな格好いい姿を見せてもらいました。素敵でしたね。

 綱引きでは、いかに素早く多くの人が「勝てる姿勢」を取れるかが勝敗を分けましたね。それら全てが「事前の研究や練習の積み重ねが勝利につながる」ということを示してくれました。

 また、応援においても、ひときわ良く声を出して明るく盛り上げていたクラスがありましたね。選手はもちろん、私たちも楽しませてもらいました。

 三年生の皆さん。玉入れのカウントで、コール&レスポンスがあったのも良かったです。私は、玉入れで100個以上も入ったのを見たのは、生まれて初めてです。すごいですね。

 

  さて、皆さん。今日、それぞれ一人ひとりが、一緒に楽しめましたか? この体育祭が、皆さんの高校生活を彩る思い出の一つになってくれることを願っています。

 そして、皆さん。この行事を通じて、係の仕事であっても、選手としての活躍であっても、どんな小さなことでもいいですから、「今日は、自分自身で担(にな)うと決めた役割を果たそうと、頑張ったなあ」という手ごたえが、感じられましたか? 感じられたとしたら、それは、あなた方一人ひとりが今日、ひとつ成長したということだと思います。

 私たち教員に限らず、大人は、子どもや若者が成長する瞬間に立ち会えると、とても大きな喜びを感じます。幸せな気持ちになります。皆さんが選手として活躍する姿や、係として仕事を頑張る姿が見られて、私はとても幸せでした。

 さきほど、「役割を果たそうと頑張った手ごたえ」と言いましたが、うまくいったかどうか、うまくできたかどうかは関係ありません。役割を果たそうと努力したと思える人は、自分の成長を、自分でほめてあげてください。今日、一人でも多くの人がそうしてくれることを祈りつつ、校長からの講評といたします。

第16回体育祭 開会式における校長式辞(令和6年5月30日)

 皆さん、おはようございます。よく晴れて、体育祭にふさわしい気持ちのいい朝です。今日の皆さんの笑顔や爽やかな挨拶に、若い力の躍動を感じます。

 私は、こういう場面で皆さんに話をするときに、よく「『いのち』と『時間』と『きまり』の三つを大切にしてほしい」と言っています。

 今日のような学校行事に一所懸命取り組むことは、皆さんの命を輝かせます。そんな皆さんの姿は、私を含めて、見ている周りの人たちも幸せな気持ちにしてくれます。また、その取り組みは、高校生として過ごす貴重な時間を大切にすることにもつながります。

 体育祭などの行事のスムーズな進行に協力することの基本は、時間を守ることです。そして、トラブル無く気持ちよく過ごすためには、ルール・マナー・エチケットなどのきまりを守ることが必要です。どうぞ、今日も「いのち」と「時間」と「きまり」を大切に過ごしてください。

 さて、(本校の校訓は「誠実 貢献 創造」です。) 今日のこの日を迎えるために、多くの人に「誠実」に準備をしていただきました。生徒の皆さんからは、体育祭実行委員会を中心に、さまざまな係の皆さんに、多くの貢献をしてもらいました。今日も含めてです。先生方からは、重ねての丁寧な御指導がありました。多くの人に、多くの御尽力をいただいて今日を迎えられたことに、校長として心から感謝いたします。ありがとうございました。生徒の皆さん。仕上げに、立派な体育祭を作り上げてください。「創造」してください。

 さあ、こうしたお祭りは、頑張った人ほど、楽しむことができるものです。怪我などの事故の無いよう、感染症予防などにも気をつけながら、照れず、臆さず、思いっきり楽しんでください。私も、皆さんのチームワークとフェアプレーの精神が形に表れるような、素晴らしい活躍を楽しみにしています。

 それでは、素敵な一日になるよう祈りつつ、開会の挨拶といたします。

令和6年度入学式における校長式辞(令和6年4月8日)

   式辞

 見上げれば、例年より少し開花が遅かった桜の花も咲き誇り、枝には鳥が歌っています。見下ろせば、寄居町の花であるカタクリの花も、そこここで見られます。今日の佳き日、本校PTA会長をはじめとする多くの御来賓をお迎えし、保護者の皆様にも御臨席いただき、埼玉県立寄居城北高等学校 令和六年度入学式を挙行できますことは、本校校長として大きな慶びでございます。ここにお集まりの皆様、また、この式の実現に尽力してくださったすべての方々に、心からの感謝を申し上げます。

 さて、先ほど呼名された百九十五名に、入学を許可いたしました。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。高等学校は義務教育ではありません。皆さんの多くは、人生で初めて自分の進路に関わる選択と決断を経験して、この学校に入学しました。それぞれの不安や迷いを乗り越えて、皆さんはここに座っています。胸を張ってください。

 これからは、寄居城北高校の生徒として一緒に学んでいきます。私たちは、皆さんを歓迎します。皆さんのこれからの努力を、応援します。

 そして、入学生の皆さんを育て、支えてこられた保護者の皆様、おめでとうございます。また、この場にはいない、今まで、この新入生たちを見守り、助け、応援してくださった方々にも、心よりお祝いを申し上げます。

 本校は、地域の皆様の期待にこたえつつ、多くの人材を社会に送り出してきました。卒業生は、高等学校での学びを踏まえて、進学、就職、あらゆる分野で活躍し、世の中を支えています。今、本校に在学中の生徒たちも、そのような先輩の後に続くべく、充実した高校生活を送っております。新入生の皆さんも、寄居城北高校での学びと、高校生としての生活体験を、自分の成長のために生かしていってください。

 それでは、新入生の皆さんに、高校生活において大切にしてもらいたいもの、守ってもらいたい三つのことについて、お話します。

 一つ目は、命、人の命です。

 皆さんも、私も、大切な「命」を持っています。どんな人にも平等に、命は一つしか与えられていません。この最も大切な宝は、何があっても守らなければなりません。自分の命を大事にする、ということは、自分の人生を大切にして、自分を成長させるということです。自分の命をより良く使うということです。そして、他人の命も大事にしてください。誰かをいじめたり、誰かが頑張って成長しようとしているのを邪魔したり、何かに真剣に取り組んでいる人をからかうことは、他人の命を粗末にすることです。そんな人は、自分自身のことも大切にできません。人の嫌がることや、十年後の成長した自分が後悔するようなことは、してはいけません。命の価値は平等ですから、自分の命も他人の命も、大切にしてください。

 大切にしてもらいたい二つ目のものは、時間です。

 時間というものも、人間に平等に与えられた財産です。大事にしてください。授業でも、部活動でも、あなたが、限られた高校生活の中で、そのとき取り組んでいること、目の前にあるやるべきことを大切にする。それが、時間を大事にすることの第一歩です。

 三つ目は、決まりです。

 ルールやマナーやエチケットなど、さまざまな決まりごとを大切にしてください。すべての決まりには、それが存在する理由があります。その決まりを守ると、便利になったり得をしたりします。あるいは、その決まりを守ると、誰かを傷つけずに済んだり、自分が傷つかずに済んだりします。若い頃には、決まりを破ることが格好良く見えてしまうことがあります。しかし、それは錯覚です。なぜ、その決まりがあるのか、理由を考えるようにしてください。もしも、その決まりがあるために、かえって不便な人や傷つく人を増やしてしまっているのなら、正しい手続きで決まりを変えましょう。決まりを破ったり、壊したりする力ではなくて、誰かと協力してもっと良い決まりをつくる力を手に入れましょう。高校生活における学びを通じて、そんな力を養いましょう。命と、時間と、決まりを大切にしてください。これが、守ってほしい三つのことです。

 さて、保護者の皆様、入学生の皆さん、本校は「誠実」「貢献」「創造」という三つの言葉を校訓として、総合学科という、一人ひとりが希望する進路や興味・関心に合わせ、多様な学びを仲間と一緒に行うことができる、柔軟な教育システムをとっています。しかし、このシステムは大きな自由がある反面、大きな責任を自分で負わなければならないものでもあります。卒業するためには自分自身をしっかり管理できることが必要になります。保護者の皆様、どうか、本校の教育方針について御理解・御協力をいただき、学校と連携しながら、お子様の健やかな成長と卒業後の希望進路を実現するための支援をしていただきたいと存じます。我々教職員も、全力で生徒の皆さんの努力を支援いたします。

 最後に、入学生の皆さん、どうか、保護者の皆様をはじめとする、皆さんが高校で学ぶことができるように道を拓いてくれた方々に感謝してください。そして、今度は皆さんが、どんな小さなことでもいいですから、誰かのために道を拓いてあげられるような力を、この寄居城北高校で身につけて卒業してください。

 結びに、新入生の皆さんが実りある高校生活を送り大きく成長することと、ここに御臨席いただいたすべての皆様の御健勝と御多幸とお祈り申し上げて、式辞といたします。

   令和六年四月八日

      埼玉県立寄居城北高等学校長 新井 康之

1学期始業式における校長講話(令和6年4月8日)

 改めまして、皆さん、おはようございます。この4月から、寄居城北高校の校長として皆さんと一緒に過ごします、新井康之です。よろしくお願いします。

 令和6年度の始まりにあたり、少し長い時間をいただいて皆さんに話をします。内容は大きく分けて三つ。皆さんへのお礼と、本校の校訓についての話と、皆さんに大切にしてほしいと私が考える3つのことについての話です。

 まずは、お礼から。

 春休み中、近くの小中学校などに挨拶に伺いました。そこで、寄居城北高校の生徒の皆さんが、きちんとした服装や態度で頑張っているというお話や、小学校の授業にお手伝いに行って、とても丁寧に教えてくれているという話を聞 き、嬉しくなりました。早く皆さんに会いたくなりました。学校に対する地域の評価というものは、本当に大切なものなのです。今まで頑張ってきてくれた生徒の皆さんや、御指導くださった先生方に、改めて御礼申し上げます。 

 次に、寄居城北高校の「校訓」についての話をします。

 校訓とは、生徒の皆さんに、こんな人になってほしい、こんなことを大切にしてほしい、という思いを短い言葉で表したものです。

 本校の校訓の1つ目は「誠実」です。

 辞書的な意味では「心がこもっていて、うそいつわりがないこと」と説明されます。似たような言葉に「真摯」とか「実直」といったものがありますが、「真摯に行う」というと、真面目で一生懸命に取り組むことを表し、「実直な人柄」というと、真面目で表裏のない人のことを言います。それに対して「誠実」は「心がこもっている」ところが特徴ですから、「誠実な人」というと、心から相手のことを考えて行動できる人のことを指します。

 年度の初日から嫌なことを言いますが、世の中には、嬉しいことや楽しいこと、明るいことがたくさんあるのと同じように、悲しいことやつらいこと、暗いこともたくさんあります。時として人間は、悲しくて、つらくて、真っ暗な中に一人ぼっちでいるような気持になって、どうしようもなくなってしまうことがあります。

 しかし、そんな時に誰かが、そのつらい気持ちでいる相手のことを心から考えて、その誠実さを、言葉や態度や行いで示してくれたら、どうでしょうか。

 真っ暗な気持ちの中に閉じこもっている人にとって、誠実な思いやりを示してくれたその人は、光そのものです。植物が光を浴びて成長するように、その人は、もう一度立ち上がって伸びていくことができます。

 皆さん。人間は、誠実さを持とうとすることで、誰かの光になることができるのです。誠実という校訓には、皆さんに、世界のどんな隅っこでもいい、小さくてもいい、誰かを心の光で照らしてあげられるような思いやりのある人になってほしい、という願いが込められていると私は考えています。

 校訓の2つ目は、「貢献」です。

 辞書には「ある物事や社会のために役立つよう力を尽くすこと」などと書いてありますが、辞書的な意味よりも、もっと皆さんの人生に関わる話をします。

 私は、このように考えています。人間が自立するということは、自分のできないことを誰かに助けてもらって生きていく代わりに、誰かのために何かができるようになることだ、と。人間は、集団で社会をつくって生きてきた動物です。決して、何から何まで一人だけでこなして生きていくことはできません。自分が困ったときに、きちんとした形で誰かに助けを求めることのできる力を身につけるのと同時に、自分は、何かを通じて困っている人を助けてあげる力を身につけ貢献する、それが本当の自立だと私は考えます。

 皆さん。不思議なことに人間は、誰かに何かをしてもらっているだけでは、どんなに贅沢をしても、良いものを手に入れても、満足しないのだそうです。他人に喜ばせてもらっているだけでは、心の底からの本当の喜びを手に入れることはできないのだそうです。では、人は、どんな時に、本当に幸せな気持ちになれるのでしょうか。

 実は、人間は、自分の存在が意味のあるものだと感じた時に、本当に満足し、幸せな気持ちになるのだそうです。自分の力で誰かに喜んでもらえたとき、誰かが幸せになるためのお手伝いができたとき、誰かを助けたり、何か良いことの役に立つことができたりしたときに、心の底から満足を感じ、生きていてよかった、と思うのだそうです。

 だから、校訓にある「貢献」とは、誰かのために何かしろと呼びかけているのではなくて、「人や社会の役に立って、本当の満足を味わう幸せな人生を送ってほしい。誰かを助けたり、誰かに助けられたりしながら、立派な社会人として生きていけるようになってほしい」という、皆さんに向けての願いが込められている言葉なのだ、と私は解釈しています。

 校訓の最後の言葉は、「創造」です。

 もちろん、新しいものを初めてつくり出すことを表します。今までになかった物事を作り出す、オリジナリティあふれるアイデアを出す、ということなのですが、まさか、皆さん全員に発明家になれとか会社を起業しろとか言っているわけではないでしょう。

 確かに、将来、今までなかったような個性的な活躍を皆さんにしてほしいという願いも込められているでしょう。しかし、皆さん。だからといって、無理に個性的であろうとしたり、無理に人と違う変わったことをしようとしたり、良いお手本が近くにあるのにゼロからすべて自分で生み出さなければいけないと悩んだりする必要は、ないんです。

 ためしに、何かを、すべてお手本どおりにやってみようとしてください。絶対に、100%同じようにはできません。その、同じようにできない理由のほとんどは、ひょっとしたら、あなたが未熟なためなのかもしれません。しかし、わずかであったとしても、その同じでない部分には、確実に、あなたの個性が隠れています。

 個性は、わざと目立たせようとしても育ちません。努力して成長していくうちに、隠そうとしても無くそうとしても、いつの間にか見えてきてしまうものなのです。あるいは、お手本どおりにやろうとしているうちに、どうしても自分はこうせずにはいられない、と、湧き上がってきてしまうものなのです。なぜなら、個性は、大なり小なり、誰もが持っているものなのですから。

 ちなみに、1万人に1人くらいの天才は例外として、大した努力もしないで手に入る個性は、自分が個性だと勘違いしているだけの、ただの「悪い癖」です。直すべきものであることが、ほとんどです。

 もし、自分には創造的な個性がない、個性がほしい、と悩んでいる人がいたら、まず、お手本どおりにできる技術を身につけようと努力してみてください。きっと、お手本どおりにできるようになったかな、と自分で思えるようになったとき、誰かが「あなたは、すごく個性的で魅力的なものを持っているね」と言ってくれるようになりますよ。

 皆さんの創造的な個性は、ディズニー映画の歌のように、「ありのまま」でいいものですが、決して、「今のまま」でいい、というものではないのです。どうぞ、誰もが持っている創造的な個性が、自分の中から形になって出てくるよう、自分を磨いて、成長してください。

 3つ目の話は、短く済ませます。

 「いのち」と「時間」と「きまり」について話します。

 皆さん、どうか、充実した、有意義で幸せな高校生活を送るために、自分にも他人にも一つずつしか与えられていない、かけがえのない「いのち」を、お互いに大切にしてください。誰にでも平等に与えられている「時間」を大切にしてください。そして、お互いを傷つけないために存在する、ルールやマナーやエチケットといった、さまざまな「きまり」を大切にしてください。これについては、別な機会にも繰り返し話します。

 本日は、これを、校長からの挨拶と、始業式における校長講話といたします。終わります。