2025年7月の記事一覧
1学期終業式における校長講話(令和7年7月18日)
皆さん、おはようございます。
1学期の終業式にあたり、当たり前ということについての話、いのちと時間ときまりの話、夏休みに向けての皆さんへのお願い、この3つについて話します。
先ほど、たくさんの生徒の皆さんが表彰されました。表彰された皆さんの多くが、日々、自分を向上させる努力、磨く努力を続けてきたことと思います。普段、当たり前のこととして続けている努力が、当たり前でない特別なことにつながるのだ、ということを示してくれたと、私は思っています。校長として、とても嬉しいのは、いろいろなことに熱心に取り組んでいる人の努力が誰にでもわかる形で成果となったことです。良かったね、報われたね、そう思えて嬉しいのです。
皆さんの当たり前の日常も、実は、けっして当たり前のことではありません。6月の半ばに、あるお客様が来校しました。拠点校参与という役職の方です。退職したベテランの校長経験者が県立学校を回って、学校の様子を見たり校長の相談相手をしたりします。この方が、私といっしょに校内を回って、生徒の皆さんの授業の様子や、休み時間の様子、いい笑顔で私たちに挨拶してくれる様子を見て、「何十校も回っているけれど、寄居城北高校の生徒の雰囲気の良さはトップクラスだね!」と、褒めてくださいました。皆さんのあたりまえの日常は、よその人から見れば、けっして普通のレベルではないのです。それを自覚して、胸を張ってほしいと思います。
さて、少し別の例を話しましょう。
皆さん、世の中に出ると、努力の結果が認められる機会は、案外少ないことに気付きます。たとえば、わかりやすいところで言えば、私たちは、バスや電車が予定の時刻から遅れたり、事故があったりした時は気にしますが、普段は、トラブルがないのが当たり前だと感じていて、あまり気にしません。しかし、何事もなくお客さんを運ぶという当たり前のことの裏側には、たくさんの人が関わっています。大変な技術と心配りと苦労の積み重ねがあります。私たちは、日常の当たり前を支えてくれる誰かの努力に対して、わざわざ感謝の気持ちを表すことは、あまりありません。しかし、皆さんには、これからの長い休みの中で、ひとつでもいいから、当たり前のことがものすごいことの実現につながっていることや、当たり前のことが実はすごいことであるということや、当たり前のように自分を支えてくれる周りの人の行いが実はとても尊いものであることなどに、気づく機会を持ってほしいと思います。
次の話は、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてほしい、ということです。前に話したことと同じ内容になりますが、改めて聞いてください。
皆さんが成長するということは、皆さんの大切な「いのち」が、より良く伸びることです。だから、人の成長を邪魔する「いじめ」や「からかい」は、絶対にしてはいけない。
素晴らしい結果を出している人を見て、「あんなふうになりたいなあ、自分も頑張ろう」と高みを目指す人が美しく見えるのは、いのちをより良く伸ばそうとしているからです。逆に、素晴らしい結果を出している人を見て、「あいつも失敗して、今のダメな自分と同じくらいのレベルに落ちればいいのに」と思うような人が醜く見えるのは、自分と他人、両方のいのちのより良い成長を、邪魔しているからです。人間は弱いから、理想どおりにはいかないかもしれませんが、3年後、5年後、10年後の自分から「あのとき、ああしてくれて、ありがとう」と言ってもらえるような行動を、自分で考えて選べるようになりたいものです。
私は、皆さんが高校生として過ごしている貴重な時間を、そんな成長のために使ってほしいと願っています。どうすればいいかわからないときは、目の前のやるべきことに集中して取り組んでみてください。それが時間を大切にする第一歩です。
また、すべてのきまりには、それが作られた理由があります。きまりを破ることは、けっして格好いいことではありません。ルールやマナーなどのきまりごとを破ると、結局は、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたり、不便になったり、損をしたりします。きまりごとの向こう側にある理由を考えてみてください。夏休みには「自由な時間」が多いのですが、それはけっして「勝手に過ごしていい時間」ではありません。考えて行動しましょう。どうか皆さん、「いのち」と「時間」と「きまり」を大切にしてください。
最後の話は、夏休みの間に、皆さんに実行してほしいことです。
44日もある長い休みです。この休みの間に、どうか、1冊でも多く本を読んでください。字ばっかりの本を読む習慣のない人は、1冊でもいいから試しに読んでください。
また、自分の家でもどこでもいいので、何かお手伝いをしましょう。お金をもらうのではなくて、良いことをして「ありがとう」という言葉を誰かにもらえるような、そんなお手伝いをしましょう。
そして、もし一人で悩んで、もやもやした気持ちのまま夏休みが終わりそうになったら、学校の先生でもいいです。皆さんに配布してある「夏季休業中の生活指導について」というプリントの裏にある、いくつかの相談先のQRコードでもいいです。相談してください。くれぐれも、皆さんを煽(あお)ったり、嘘の情報で不安がらせたりする変なSNSのサイトなどにだまされないでください。皆さんのことを大切に思っている相談相手、皆さんのことを守ろうとしている相談相手に向けて、話をしてみてください。
どうか、体に気を付けて。本を読んで、お手伝いをして、今日の終業式の日の自分よりも成長して、9月1日の始業式に、元気な顔を見せてください。それを願いつつ、校長講話といたします。
避難訓練における校長講評(令和7年7月17日)
皆さん、おはようございます。今日の話は、内容としては、避難訓練のたびに話していることです。避難訓練の目的、迅速な避難の大切さ、点呼の重要性、この3つについて話します。
まず、避難訓練は、災害のときに皆さんの一番大切な「いのち」を守る力を身につけてもらうために行うものです。
人間は誰でも、はじめてのことは思うように上手くできません。だから、はじめてのことに備えて練習します。部活動の練習も、試験勉強も、面接対策も、すべてが、その「実際の場面に向けて備える」ということでつながります。そして、もちろん、地震や火事などの大きな災害が本当に起きるときは、ほとんどの人にとって、はじめての経験となります。だから、避難訓練の意味は大きいのです。今日、皆さんが実際に動いてみて気づいた邪魔になるものや、上手くできなかったことを確認し、改善しておいてください。
次に、迅速な避難の大切さについて話します。今日は、避難を促す放送から点呼終了までに、7分10秒かかりました。昨年の7分34秒から20秒以上短縮しました。とても良いと思います。
実際の避難の際は、1秒の遅れが命取りになるかもしれません。逆に、慌てて階段などで人を押してしまって、かえって多くの死傷者を出してしまうかもしれません。今日の皆さんの行動のバランスは、なかなか良かったようです。
最後は、点呼についての話です。
大切な皆さんのいのちです。一人の命も落としてはいけない状況で、点呼はたいへん重要なものになります。誰がいるのかいないのか。黙って早退しているのに、「学校に来ているはずの生徒がいない」と心配して探しに戻って被害に遭う人がいたらどうでしょう。また、遅れて登校してきたのに連絡がなく、その生徒が逃げ遅れているのに誰も気がつかないとしたらどうでしょう。
先生方が丁寧に皆さんの出欠確認をするのは、こうした恐ろしい事故を防ぐためという大切な理由もあるのです。どうか、欠席遅刻の連絡や、遅れて登校したときの報告を、普段から大切にしてください。
私がいつも話す、「いのちと時間ときまりを大切にしましょう」という言葉の背景には、いろいろなことがあります。どうか、いのちと時間ときまりを大切にしてください。
今日は暑いので、話の長さはいつもの半分以下にしました。終わります。